後日乗

ごにちじゃう Life After Tuck in Tokyo

米国Dartmouth College, Tuck SchoolでMBAを取る過程を
365日x2年余すところなく記した「ダートマス日乗」
帰国後 東京における日々を「後日乗」として 再び記す
(副題としてはあまりに長い)
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父との別れ

亡くなった父の通夜を1月31日(月)に、告別式を2月1日(火)に行いました。

1月29日(土)の未明に亡くなったので、時間は十分にあるはずでしたが、すべてはあっという間に過ぎていきました。

高速のベルトコンベアに乗ったかのようでした。


父は2004年10月15日の未明に、
「最高のゴルフ日和だ」
「じゃあ、行ってくるよ」
という言葉を残して栃木県のゴルフ場へ向かい、それから一時間ほど後にゴルフ場のフロントで倒れました。
脳出血(視床出血)でした。

当初は、フロントに自ら「救急車を呼んで欲しい」と依頼し、駆けつけた救急隊員にも服用中の薬を自ら説明していたそうなので、軽い出血だったものと思われます。

運が悪かったのは、従来より不整脈の持病があった父は血栓ができにくいようにワーファリンという薬(血液が凝固しにくい薬)を服用していたことです。
血液が凝固しにくいということは、一旦起きた出血がなかなか止まらないということを意味します。

栃木県の病院に運ばれてから、まずはワーファリンの効き目を抑える薬を投与し、それから開頭手術を受けましたが、病状はなかなか回復しませんでした。

途中、手を振る程度までは回復したようにも見えた病状も、二度目の「脳室腹腔シャント術」の手術を受けて以降は、さらに悪化し、以後、手足をピクリと動かすことも、もちろん言葉を発することもできないまま、6年3カ月間の闘病生活を送ることになりました。


6年3カ月の間に、世の中も、家族も大きく変わりました。

下の息子は父が倒れる40日ほど前に生まれましたが、もう数ヵ月後には小学校に入学します。

息子を見ると、6年という歳月の長さを思います。



6年以上、一言も発せず、ピクリとも動けずに、ベッドの上にただ横たわってきた父の思いを想像すると、言葉が出てきません。

生前は、ひときわユーモラスで、ロジカルで、活動的で、常にどうやって孫たちを楽しませるか、のアイデアを考えているような父であっただけに、なおさらです。

当ブログにても何度か触れていましたが、医学的には、初手から「勝ち目のない」戦いだったのかもしれません。勝ち目のない戦いに、皆で突っ込んでいったのかもしれません。いくつかの手術の意思決定をした立場として、私こそ父を長い苦しみに引きずり込んだ張本人なのかもしれません。

そのことへの痛みはおそらくずっと消えませんが、父は厳しく長い戦いを、良く戦い抜いたと思います。「よく戦えり」と心から思います。

とにかく今は「御苦労さまでした。ゆっくり休んでください」という言葉しかありません。



また、6年以上、ほぼ毎日病院に見舞いに行きつづてきた母の苦労を思うと、これもまた言葉にできないものがあります。

片道7〜8キロ。一日往復15キロ。
母は、年間5000キロ以上、累計3万キロ以上も自転車で走ってきました。
自転車のタイヤはあっという間につるつるに摩耗してしまいました。

行き帰りに涙が止まらずに、帽子を目深にかぶって走ったことや、「早く天国につれていって、お父さんを楽にしてあげてください」と、亡くなった祖母に声に出して頼みながら走ったということも、今回初めて聞きました。



告別式後の挨拶では、6年間の父の無念や、母の哀しみを思い、言葉に詰まり、嗚咽してしまいました。

もう少し、気のきいたことを言うつもりで頭の中で考えていたのに、父は、いい年して情けない息子だと思ったことでしょう。




通夜と告別式には、多くの方にご会葬いただき、また多数のメッセージもいただき、ありがとうございました。

あらためて御礼申し上げます。


別れは悲しいものではありますが、多くの方に支えられていることを実感する場でもありました。

別の方が同じような立場になれば、また同じように支えたいと自然と考える機会でもありました。



通夜の中で、

「朝には紅顔ありて 夕には白骨となれる身なり」

という蓮如上人の言葉がありました。


ついこの間まで温かいからだをしていた者が、わずかな時間で白骨となってしまう。

死は、今日を生きている我々の誰もが、等しく避けえない運命ですが、それが10年後に訪れるのか、1年後に訪れるのか、明日訪れるのかは、誰にもわかりません。

分からないが故に、死を茫漠ととらえるのではなく、
分からないが故に、死を確たるものとして捉えていきたいと思います。

今日の夕にも白骨となれる身として、毎日を生きていきたいと思います。



あらためて、ご厚情に感謝申し上げます。



父の長い闘病に、敬意を表して。




火葬場での会食時の蔭膳。

| 橋口寛 | 看病日誌 | 21:30 | comments(1) | trackbacks(2) |
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ご無沙汰しております。

ひさびさに拝見したところ、
お父様の訃報に接し驚いております。
ご冥福をお祈り申し上げます。
| 小野学 | 2011/02/15 9:55 AM |










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