後日乗

ごにちじゃう Life After Tuck in Tokyo

米国Dartmouth College, Tuck SchoolでMBAを取る過程を
365日x2年余すところなく記した「ダートマス日乗」
帰国後 東京における日々を「後日乗」として 再び記す
(副題としてはあまりに長い)
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人生の短さについて
 とかく忙しい時ほど、忙しさを乗りこなすことで満足してしまい、その結果がもたらすものの意味にまで気が回らなくなってしまう。

この忙しさの中行っていることは、本質的に、長い目で見た時にどのような意味があるのか。

今一瞬の刹那性に全力を尽くしながらも、引きで見た場合の視点を常に忘れぬようにしたい。

忙しい時こそ、時々読み返して自省しておきたい文章はいくつかあるが、セネカのいくつかの文章はその最たるものだ。

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セネカ「人生の短さについて」より

・われわれが短い一生に生まれついているうえ、われわれに与えられたこの短い期間でさえも速やかに急いで走り去ってしまうから、ごくわずかな人を除いて他の人々は、人生の用意がなされたとたんに人生に見放されてしまう。

・われわれは短い時間をもっているのではなく、実はその多くを浪費しているのである。われわれは短い人生を受けているのではなく、われわれがそれを短くしているのである。人生は使い方を知れば長い。

・いつあなたは自分の計画に自信をもったか。自分が決めたように運んだ日はいかに少なかったか。いつ自分を自由に使うことができたか。いつ顔つきが平然として動じなかったか。いつ心が泰然自若としていたか。あなたがこんな長い生涯の間に行った仕事は一体何であるか。

・諸君は永遠に生きられるかのように生きている。満ち溢れる湯水でも使うように諸君は時間を浪費している。

・結局は誰の意見も同じであるが、多忙な人間には何ごとも十分に成し遂げることは不可能である。実際多忙な人にかぎって生きることすなわちよく生きることが最も稀である。また生きることを学ぶことほど難しいことはない。しかし生きることは生涯をかけて学ぶべきことである。

・偉大な人物、つまり人間の犯すもろもろの過失を超越した人物は、自己の時間から何一つ取り去られることを許さない。それゆえにこの人生は極めて長い。

・どんな時間でも自分自身の必要のためにだけ用いる人、毎日毎日を最後の一日と決める人、このような人は明日を望むこともないし恐れることもない。

・人生は三つの時に分けられる。過去の時と、現在の時と、将来の時である。このうち、われわれが現在過ごしつつある時は短く、将来過ごすであろう時は不確かであるが、過去に過ごした時は確かである。この過去を放棄するのが多忙の者たちである。多忙の人々にはただ現在の時だけが関わりを持ち、しかもそれは捕えることもできないほど短く、その短い時でさえも、ほうぼうに気の散っている彼らであるから、知らぬうちに取り去られてしまうのである。
| 橋口寛 | 思う | 23:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
自らの内なるもの
自分の内側にあるもの以上の存在に自分を見せることはできない。

自分を賢く見せたり、凄いと思われたりすることには本質的に意味がない。

付け焼刃で何かの衣をまとったとしても、自分は自分でしかない。

それまでに自分の内側で体験してきたものだけが、自分だ。



それでも全身全霊で、最後の刹那まで努力を続けなければならない

自らも気づかなかったところに、神意が自らを連れていってくれるかもしれない。

すべての出会う人との時間には何らかの意味があることへの絶対的な信頼を

侮蔑も尊敬も批判も激情も、自らに向けられるものを全身で受け止める覚悟を。



生み出されるあらゆる結果への絶対的な信頼を持ち

自らの内なる積み重ねへの絶対的な信頼を持とう。

表面的なる何かではなく、深淵に潜むものへこそ腕を伸ばそう。

たとえその腕が傷だらけになろうとも、必ず掴めるのだという絶対的な信頼のもとに。
| 橋口寛 | 思う | 23:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
体験と気づきの関係
 人間は大変な思いをしないと、本当に大切なことには気がつかない

どうして我々はこんなふうにデザインされたのだろう。

震災がなくても、絆の大切さに気付ければいいのに。
親を亡くす前に、親孝行の大切さに気付ければいいのに。
危機に直面しなくても、大切なことに正面から向き合えればいいのに。

どうしてか、そんな風に都合よく気付くことが出来ない。

刃物で皮膚をえぐるようにして、大切なことを身体知に刻み込むようにデザインされているんだ。

一度得た大切な気付きを、順風の傲慢の中で忘れさってしまわないように出来ているんだ。
| 橋口寛 | 思う | 10:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
 人生は時であり
時は不可逆である

いかな特別な力を用いようと
過ぎた時は戻らない

戻らない時間の中で
我々は誰かと出会い
何ごとかを体験する

時に爆発する喜びを
時に悶える苦しみを

時に身を焦がす嫉妬を
時に恥ずかしき後悔を

誰と出会うかは決定的に重要で
何を体験するかは決定的に重要だ

それと同時に
しかし

誰と出会うかには意味がないし
何を体験するかにもまるで意味がない

意味があるのは
経験した場で何を感じたのか
出会った誰かから何を感じたのかだ

それを後方へ飛び去った過去ににではなく
前方にやってくる未来にどう反映させていくか

起きてしまった過去の出来事で
あなたは未来の何を変えたのか

やがてゆくであろう遠い未来で我々は
それをこそ問われるのだ

あなたは何を感じ
あなたは何を行動し

その結晶として
あの時の未来のいったい何を変え得たのかと
| 橋口寛 | 思う | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
「世界は良くなっている」という確信
今の世の中は閉そく感に満ちていると人は言う。
我が国は失われた20年の中にいると識者は言う。

政治は迷走し 人口は減少し 経済は低迷し
財政は破綻し 国力は著しく低下する
そう言う人もいる。

世界の人口は地球の自然環境でまかなえる数をはるかに超えてしまった。
増えすぎた人口は飢餓と環境破壊を生む。
やがて水資源と食糧とエネルギー資源をめぐって深刻な戦争が起きるという人もいる。

しかし。

我々のこの暮らす世界は間違いなく良くなっている。

今から150年前、所属する藩を抜けることは死罪であった
生まれた家が受けついだ仕事を継がず自らの望む仕事をすることはまず不可能だった。

どれほど他の才能に恵まれていても、
鍛冶屋に生まれれば、死ぬまで鍛冶屋であった。

ほんの60年前、乳幼児死亡率は今の20倍近くも高かった。
江戸時代初期にさかのぼれば平均寿命は30歳代だった。
赤ちゃんが健康に生育していくことは何よりの寿ぎだったのだ。

今、我々はピストルも刀も保持していない。
公権力が安全を担保してくれるという信頼のもとに、
我々は自衛の武器を持つ権利を疑いなく放棄している。

今、政権交代をしても敗れた陣営が命を奪われることはない。
悲惨な歴史の積み重ねの上に現在のシステムを人類は作り上げた。

1000年前は日本も欧州も想像を絶する貧困と埋めがたい格差と繰り返し流行する絶望的な疫病の支配する場所であった。
戦争、強奪、殺人、強姦などの被害に合わず一生を終えられればそれは僥倖ともいうべきことだった。

我々の暮らす世界は短期的には色々な変動にさられている。
先行きが見えない事象は山ほどある。

改革のための動きが遅々として進まぬことに
いらだちを感じることもある。

それでも「引き」で見た時、大きな流れとして世界は良くなっているのだ。
人類の積み重ねた英知の上に、世界は常に良くなっているのだ。

その確信の上に立ち、我が今生という短い時間軸の中で
全力を尽くしたい。

世の中を良くするために全力をささげてきたその人類の英知に対する
最後の最後の部分での信頼を常に忘れぬようにしたい。
| 橋口寛 | 思う | 01:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
「現場」考
 「現場」という言葉は魔物だ。
英語で直訳できる言葉はない。

ある種の製造業において「現場」とはあくまでも「製造現場」を指す。
他のあらゆる部門は「現場を知らない」部門だ。

「営業現場だって現場ですよね」という言葉を、
「”一般的には”そうは言いません」と一蹴されたことがある。

しかし別の会社では、営業を現場と呼び、マーケティングやバックオフィスを
「現場を知らない連中」と嘲笑している。

マーケターが、経営者のことを「現場を知らない」と批判しているのを
聞いたこともある。

経営者が「我々は日々経営の現場で戦っているのに、コンサルや銀行の連中は
言うだけでいいからラクだよな」と言っているのもよく聞く言葉だ

かと思えば、コンサルタントが「民間の現場はそんなに甘いものじゃないですよ」と
官僚を諭したりもする。

銀行員が「大学を出て民間の現場を経験せずにそのまま教師になる制度は
おかしい」と教員を批判しているかもしれない。

「私は現場・現地・現物の三現主義です!」と経営者が強調するのは毎度おなじみのシーンだし、
対して「現場なんて来たことねえくせに」「”院長回診”が三現主義かよ」という批判もまたおなじみだ。

壮大なる現場の入れ子構造
現場のマトリョーシカ

そこには、ある種のルサンチマンとともに、自らのもつ現場への誇りと
他者への蔑みが混然一体となっている。

いったい現場はどこだ。
それはすべての人にとって目の前にあるものそのものだろう。

他の誰かを「現場を知らぬ」と批判する前に
自らの現場をピカピカに磨きあげよう。
| 橋口寛 | 思う | 14:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
目に見えないもの
 
「安定」とは安定した状態そのものの中にあるのではなく、
安定を
生み出す力の中にこそある。

「競争力」とは優位性ある状態そのものの中にあるのではなく、
争優位を生み出す力の中にこそある。

「幸福」は、ある状態の中にあるのではなく、
自らを幸福をである
と感じることが出来る心の中にこそある。

「リーダーシップ」は、リーダーの中にあるのではなく、
リーダー
とフォロワーとの間の関係性の中にこそある。


すべて同じ。
目に見える、分かりやすいものの中に真実はない。

なのに、我々は見えるものばかりを凝視して、魔法の杖を求める。


遥か近くに宝物はあるのに。
| 橋口寛 | 思う | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
覚悟とは何か
最近よく考える言葉

「覚悟がある」
「覚悟がない」

という言葉。

覚悟とは何か

「覚る」ことと「悟る」こととの組み合わせからわかるとおり
もとは仏教用語だ

決死の覚悟という言葉があるように
時に諦念の香りを帯びることがあるが、

覚悟は決してあきらめではないし、
覚悟は決死で突っ込んでいくことだけでもない


覚りであり、悟りである以上、
自己の努力を極限まで積み重ねた上にある
透徹された澄んだ思いとともにある
無の境地のようなものではないのか

自己への執着をを消し去り、
私心を消し去り、
透徹した思いとともに何かに一歩を踏み出す時、
「覚悟ができた」と初めて言えるのだろう


凡夫たる我には永遠に思えるほどに遠い境地であり、
いつかたどり着きたい境地である

| 橋口寛 | 思う | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
安定にまつわるパラドクス
この世はパラドクスで出来ているのではないかと思うほどに、
我々の周囲にはパラドクスが満ち満ちている

そして我々は
飽きることなく自らパラドクスを生み出している

リストラをする企業や
派遣切りをする企業に対して
雇用の保全を目的として国が介在をするとき、
間違いなく産み出す結果は「雇用の非保全」である

歪んだ保護を図れば
保護された部分は弱くなり、
「動的平衡」の力を失う

安定したいという思いで大企業や役所に入る若者は、
自らの手で安定をはるか遠くに放り投げている

何かを「守れ!」と拳を振り上げるとき、
我々はその振り上げた拳こそが肝心の何かの顎を突き上げていないか
よく考える必要がある

結局のところ、安定も強さも
ひとりひとりが自らの足で立つことにしかないのだ

それは冷たいようでいて、
最も「温かな真実」だ

我々の身の回りにある、
最も大切なパラドクスだ。
| 橋口寛 | 思う | 18:10 | comments(0) | trackbacks(9) |
一ヶ月が経過して。一日一死
早いもので7月に入ってから既に一ヶ月以上が経過した。

気がつくと、新しい環境に適応し、
まるでもう数年前から今の状況であったかのように忙しく過ごしている。


そうやって日々が過ぎていく。
そうやって夏が終わり、秋になる。

そうやって一年が終わる。
そうやって数年が終わり、
そしてついには人生が終わる。


まるであっというまの夢であったかのように、
今生の人生が終わる。


自覚的に何かをドライブさせなければ、
我々はあっというまに年老いていくようにできている。

目の前の出来事に忙しく対処することを通じて、
勘違いした生を生きぬようにしなければ、ならない。
惰性の生を生きぬようにしなければ、ならない。



一日一死。

人は夜眠る時に死ぬ。
そして朝目覚めてまた新しい生を生きる。

毎日己に刃を突きつけて、
やりきったと言える生を生ききることからしか、
何かを成し遂げる人生を生むことはできない。


はや一ヶ月超が経過し、思う。
| 橋口寛 | 思う | 19:37 | comments(0) | trackbacks(2) |
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